2018/8/22

コトノネVol.27に掲載されました

AlonAlon
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胡蝶蘭で、「三方よし」の福祉にしたい

「B型事業所で月額工賃一〇万円」、仕事は「胡蝶蘭栽培」。新しい福祉のビジネスモデルとして、話題のNPO法人AlonAlon(アロンアロン)。B型事業所として、利用者を受け入れはじめたのは今年(二〇一八年)二月。なんと初月から、目標の月額一〇万円の工賃を支払ったというから、驚異的だ。(全国の平均工賃は、約一万五〇〇〇円)。

「利用者がいなくなっちゃってもいいんです」

 台風が近づいていた六月のある日、千葉県富津市にある栽培所、オーキットガーデンを訪ねた。ビニールハウス中に雨が叩きつける音が響き渡るが、中は胡蝶蘭の栽培に適した二五~三〇度に保たれていて、快適だ。工賃一〇万円というから、張りつめた空気の職場を想像していたら、ハウスの中にはのんびりした空気が漂っていた。

働いているのは一〇人。そのうち、五人が併設されている企業の貸農園で働く社員で、彼らは一〇万円どころか、最低賃金で約一六万円もらっていると言う。B型事業所の利用者はまだ五人。でも、「ここにはいままでのB型のセオリーはないんです。利用者がいなくなっちゃってもいいんです」と理事長の那部智史さん。どういうことだろう。

どんどん一般就労へ送り出すB型事業所

 B型事業所は、受け入れた障害者の人数に応じて国民健康保険団体連合会から報酬が入る。作業で得られる収入は働く障害者たちの工賃となり、職員の給料や事業所の運営費などは、この国からの報酬でまかなわれる。那部さんはそもそものこの仕組みを変えたいと思った。「単なる福祉じゃなくて、企業的な要素を入れて、バランスをとっていきたいって。福祉だけだと国からお金をもらうために、定員めいっぱい障害者を入れる。就職できることがわかっているにも関わらず、事業所の収入が減るから自立させない、そんな悪循環にもなりうる」。

 安定した事業収入が別にあれば、報酬には左右されなくなる。具体的にアロンアロンでは、NPOの下にA&Aという株式会社を立ち上げ。自分たちで栽培した胡蝶蘭の販売だけでなく、別の特例子会社で栽培している胡蝶蘭や、観葉植物などを仕入れて、販売。事業収入に充てている。さらに、企業の貸農園からは賃料をとる。B型から貸農園に就職する人が増えればB型としての報酬は減るが、企業からの賃料は増える、という仕組みだ。報酬だけではないから、福祉従事者の低賃金の問題も解決できる。企業は障害者雇用率を達成できるだけでなく、花を自社栽培、経費も削減できる。「商売は三方よし。よしが多いほど、ステキな商売だと思うんですね。でもいまの福祉って、そうじゃないじゃないですか」。障害者の工賃だけ、職員の給料だけ、企業の雇用率だけ、改善するのでは意味がない。「誰かがしんぼうするシステムってダメだと思うんですよ」。那部さんはこれまで常にこのことを意識して商売を組みたてて来た。

息子がNGじゃなく、社会の方がNGなんだ

 一九九二年に大学を卒業後、那部さんは大手通信設備会社に入社、営業職についた。ときは通信バブルの時代。ほかの営業は「個人客」を開拓していたが、通信サービスを扱う販売店が増えてきたからと那部さんは代理店をつくって、「販売店」単位で開拓。結果年間一〇〇〇万円のノルマのところ、月一億円を売上げるまでに。そんなころ、息子が誕生。重度の障害があることがわかった。会話することもできない。みんなから、かわいそうと言われているうちに、「自分も本当にかわいそうに思えはじめた」。

見返してやろうと立てた目標は、大金持ちになること。二〇〇〇年二八歳のときに独立起業し、はじめ三人だった会社を一五〇人まで大きくした。OA機器などの販売店向けの会社をつくり、それまで店が直接取引していたメーカーやリース会社との間を仲介。関わる取引先みんなにとって、ビジネスをやりやすい仕組みを構築。結果、年間四〇〇億円の売上の会社に育てた。

最終的には五社の会社を経営したという那部さん。目標通りの「お金持ち」になった。「デパートに行って、触ったものを全部買うとか。リビングにジャグジーがある家を建てたり。窓から見えたホテルが嫌だなと思って、買いとって潰したりとか(笑)」。映画の中の話みたいだ。でも、「どんなに贅沢しても、もう穴が埋まんないんですよ」。

家族でレストランに行く。子どもが騒ぐ。迷惑がかからないように、個室のあるレストランに行くようになる。ごめんなさい、ごめんなさい。いつも謝ってばかり。「だんだん息子がNGって思えてくる。でもほんとは息子みたいな子を受け入れられない社会の方がNGだって、気づいたんです」。

「こんな往復ビンタのビジネスってない(笑)」

 四〇歳のとき、会社を売却。息子が将来も豊かに暮らせるようにと不動産賃貸業に転向。合せて福祉事業を考えたときすぐ浮かんだのが、胡蝶蘭の栽培だった。那部さんいわく、「こんな往復ビンタのビジネスってないじゃないですか(笑)」。社長時代、会社の規模が大きくなり、事務所を移転するたびに、取引先からたくさんの胡蝶蘭が届いた。胡蝶蘭を贈られたら、相手の慶弔の際必ず同じレベルの胡蝶蘭を贈った。“往復ビンタ”ビジネスだ。「お祝いですから、値引きもない。しかも五万円しても、お花だから枯れてしまう。五万円してこんなにすぐに無価値になる、回転率の速いものないですよ」。

 B型の工賃が低いと聞き、「だったら、ここで一石投じよう」と「B型で、胡蝶蘭で、工賃一〇万円」の福祉事業所を立ち上げることに決めた。しかし那部さん、そこから五年間、栽培をはじめなかった。このビジネスモデルには「買ってくれる人」と、「売る胡蝶蘭」が必要だが、どちらかだけ先行しても商売は成り立たない。「最初にモノをつくって、それからさぁ売りましょうは難しい。多くの事業所はこれをやって失敗してる」。那部さんは、まず「買ってくれる人」の開拓からはじめた。すでに胡蝶蘭を栽培している特例子会社を見つけ、その販売を買って出た。販路を開拓しながら、自社栽培の準備を進め、特に胡蝶蘭で重要な物流の仕組みを整えた。「胡蝶蘭って、上に重ねられないし、重くて、物流コストが高い。だいたい三万円の胡蝶蘭だと、一万円が物流費なんです」。大手花卸、アートグリーンと提携することで、各地の物流の拠点と配達の足を確保した。

「営業しかしたことないので、売るものがないと、元気がないんです」

 販売先の開拓は、那部さんが培った営業の腕の見せ所。社長時代につながりのあった取引先や銀行など、一〇〇人の社長を足がかりに広げていったが、那部さんの感覚としては、「ストーリーのある花だから、すごく営業しやすいんです」。

 知的障害者の発生率は、人口の二~三%。親や兄弟、親類、縁者まで入れると、日本では二〇〇〇~三〇〇〇万人が、実は〝障害のある人に何かしたいという思いが、心にひっかかっている人たち〟だと那部さんは言う。「一〇人営業すれば、二、三人が積極的な関心を持ってくれる。こんな営業ってないんですよ」。さらに、企業が買う数あるものの中で、花はどこに発注してもいい。現場担当者の判断で、購入できる。

苗から花になるまで半年かかるから、B型事業所が始動する半年前から胡蝶蘭農家で学んできた職員が胡蝶蘭を栽培。事業所がはじまった時点で、「買ってくれる人」も「売る胡蝶蘭」もある状態。工賃一〇万円は、緻密な事業計画あって達成できたこと。販売先の企業は一〇〇〇社を超え、営業せずとも注文をくれる会社も増えてきた。

胡蝶蘭栽培の職人になってほしい

「胡蝶蘭」栽培は、温度や湿気、日射など微妙な調整を肌感覚でできる熟練した職人が必要。いまはそれらを自動制御する装置が広く胡蝶蘭農家で取り入れられてきているが、アロンアロンにあるのは最新式。より細かい設定が可能になっている。「温室の内外に三〇個ぐらいのセンターがついていて。全部オートメーションで、窓があいたり、除湿したり。太陽が真上に来ると花びらが焼けちゃうので、自動で遮光カーテンが閉まります」(那部さん)。ハウスの屋根にあたった雨水はすべて下にあるタンクに貯められ、PH値を整え、水肥も混ぜたものが蛇口から出てくる。利用者はそれをただ花にあげればいい、という仕掛け。栽培から発送までの作業を細分化、ほとんどの仕事を利用者がこなす。

「仮曲げ」作業中の山形朱理さんは、こう話してくれた。「前は違うところにいたんですけど。いろいろつらいことがあって、やめちゃって。ここは親が見つけて来て。でも自分で電話した方がいいかなと思って電話しました。学校にいるとき花を育てていたので、そこが生かせればなって。親友もできて。 将来の相手もいるので、がんばらないといけないと思ってます」。

胡蝶蘭は少しでも傷がつくと値段が下がり、ひどいときには出荷することもできなくなってしまう。四月、ドウガネブイブイというコガネムシが大量発生し、花が食われてしまった。薬は撒けないためボランティアの力を借りて、土を覆うシートを設置。数は減ったものの、毎日捕獲を続けている。しかし、胡蝶蘭の栽培担当の大澤剛志さんはこの出来事を前向きにとらえている。「地に足をつけるというか、現状を振り返るいいきっかけになりました」。質のより高い胡蝶蘭を栽培していくべく、数を急ぐより、一つひとつの作業を丁寧にやることや、知識をしっかりと身につけてもらうことがいまは大事だと判断。育てる苗の数を減らした。「手に職をじゃないですけど、みんなちゃんと胡蝶蘭づくりの職人になってほしいんです」(大澤さん)。

日本の花生産の三割を障害者で

 那部さんは、ほかにもさまざまな展開を考えている。たとえば、個人向けにはじめたのは「苗のオーナー制」。一万円で苗一〇株のオーナーとなり、半年後に、一万円相当の胡蝶蘭の入ったフラワーアレンジメントを希望のところにお届け。残り九個の苗はアロンアロンで商品として販売、利用者の工賃に還元されるというもの。お客は花を買うのと同じ金額で、より積極的に支援ができる。昨年このオーナーを募集するクラウドファンディングを実施したところ、目標金額の一〇〇万円を開始三日で達成、総額は結局四二〇万円を超えた。

 楽天株式会社との協働もはじまった。社会問題の解決を目指すソーシャルプログラム「Rakuten Social Accelerator」の協働団体にアロンアロンが選出。楽天の社員とプロジェクトチームをつくり、事業を加速させるプランを考えていくと言う。

 いま、日本の胡蝶蘭市場は三三〇億円。祝い花市場は一〇〇〇億円。那部さんは日本の花生産の三割を知的障害や精神障害のある人などの仕事にしていきたいと考えている。どうして三割なんですかと尋ねると「根拠はないです、ただの気合いです。わたしは、売るって決めたら売るので(笑)。もうとにかく売らないと前に進まないので」。

 そのために、全国の関心のある事業所からの見学等を受け入れていれており、「障害を持っている方々がつくる胡蝶蘭のネットワーク、花キューピットみたいなものができるといいと思って」。初期投資に約一億円かかるため、資金の調達が、全国に広げていく際の課題だと言う。

 さらに那部さんは「障害者所得倍増議連」を組織。五人の国会議員からはじまったが、いまは一〇〇人を超える議員が参加。「工賃を上げるためにどうするかっていうこと、各事業所に対しては優先調達法の円滑な活用ですね。あとは教育。高等教育機会均等法をつくりたいんですよ。知的障害のある子も大学に通って自分の適した勉強に励むことができるようにしたいんです。ものすごく難しいけど」。那部さん、当分は忙しそうだ。