季刊環境ビジネス別冊 SDGs経営Vol.2に掲載されました
AlonAlon胡蝶蘭が結ぶ、障害者と雇用の場
開店祝いやオフィスの移転祝いなどで目にする胡蝶蘭。この「祝い花」の生産を通して障害者の雇用につなげているのがNPO法人のAlonAlonだ。障害者雇用という社会課題を、花を通して解決する事業を展開しているAlonAlonの取り組みを、理事長の那部智史氏に聞いた。
お話・那部智史氏(NPO法人AlonAlon)
障害者と企業が抱える雇用のミスマッチ
障害者を取り巻く雇用環境は厳しい状況が続いている。かつては障害者を雇用していた中小企業も不況が長引くなかで年々採用を減らし、次第に大企業による義務雇用の割合が多くなっている。これにより統計上の障害者雇用は大きく伸びたが、知的障害者においてはなかなか雇用が進んでいない。
AlonAlonは、2017年に千葉県富津市に「オーキッドガーデン」という胡蝶蘭を温室栽培する農場を建設した。この農場は「就労継続支援B型事業所」という福祉施設の位置づけとなっており、現在10名の知的障害者がここで働いている。彼らは胡蝶蘭を栽培して工賃(=給与)を得ている。
障害者の工賃は月額平均で15,000円と非常に低く、経済的な自立は難しいのが実情だ。「就労訓練では名刺交換や人との接し方などに関する練習が多く、健常者と肩を並べて働き続けるための“武器”を持たせてくれるところがない」と那部氏はいう。
知的障害者雇用の課題として、彼ら自身は働く場を求めているものの、オフィスワークに向かないことが多く、また一方で障害者雇用義務がある大企業ではオフィスワークを中心とした“戦力”が求められることから、企業が障害者を採用できないというミスマッチが起きている。障害者を定められた人数雇用できずに納付金を支払っている企業も多いのが現状である。
AlonAlonは胡蝶蘭生産というソリューションを通し、仕事を求める障害者と雇用を進められていない企業の間に立ち、両者の雇用問題を解決するとともに、障害者の工賃向上実現に取り組んでいる。
市場規模は約1,000億円 実は大きな「祝い花」市場
祝い花の市場規模は年間1,000億円とマーケットとして非常に大きく、なかでも胡蝶蘭はその3割を占める。単価も高く、値崩れしづらいため安定した事業経営が見込めるのも祝い花市場のメリットだ。数多くの顧客を持つ金融業などは特に祝い花にかける費用が多く、年間2,000〜3,000万円ほどを支出する企業もあるという。
AlonAlonは障害者の“所得倍増計画”に取り組んでいる。前述の通り障害者の工賃はかなり低いが、AlonAlonで働く知的障害者は月10万円ほどの収入を得ている。これは本人のみならず家族の安心にもつながっている。
AlonAlonでは障害者の所得向上に加えて、働きながら成長できるようさまざまな工夫をしている。
胡蝶蘭の生産は、苗から芽が出るまでの手入れや、花枝がカーブする独特な形状に整えるなど、さまざまな工程が存在する。そのため、どのような人が来ても何かができる環境が用意されている。入所時には、基本的に花が好きであればOKというスタンスで障害者を受け入れており、徐々に作業を覚えていくことでチャレンジ・レベルアップできる環境を提供している。
那部氏は、「周りの仲間と一緒に仕事ができるよう心がけています」という。
「隣で自分よりも難しい作業をしている人がいたら“かっこいい”“自分もやってみたい”と思える環境にしています。また、この作業ができたら工賃はこのくらい、と明示することによりモチベーションも上がります」。
また、那部氏はここで働く障害者をサポートしているのではなく、「ビジネスの仲間」として捉えているという。ともに働くビジネスパートナーとして、彼らが仕事を通して成長、自立できるよう取り組んでいる。
胡蝶蘭の「内製化」がもたらすメリットとは
AlonAlonのビジネスモデルは、オーナーに胡蝶蘭の苗を購入してもらい、知的障害者が胡蝶蘭を栽培する。1万円で10本の苗を購入することができ、1本は栽培後にオーナーへ届ける。残り9本を企業に購入してもらい、栽培した知的障害者の収入になるという仕組み。
また、年間に一定数の祝い花を購入する企業は、知的障害者をその企業が直接雇用し、AlonAlonに“出向”させるかたちで胡蝶蘭を栽培させる。「自社の社員(知的障害者)が花を育てる」のでコストダウンにつながると同時に、障害者雇用の義務をクリアすることができる。すでに数社の金融・証券系企業やメーカー等の大手企業がこれを採用しており、現在引き合いも増えているという。
この祝い花の「内製化」は企業にとってコストダウン、障害者雇用義務のクリア、CSRへの取り組みというメリットがあり、また障害者にとってはモチベーションアップにつながっている。
知的障害者は胡蝶蘭を企業の社員として栽培することで、オフィスで働く健常者と平等な立場で会社に貢献することができる。AlonAlonは、胡蝶蘭の栽培方法を習得できる“お花の学校”として、知的障害者が企業に貢献できる環境を用意しているのである。
物流が鍵を握る胡蝶蘭ビジネス
AlonAlonは2017年にフラワービジネス業界の大手・アートグリーン社との合弁でA&A社を設立した。というのも、胡蝶蘭の配送は、例えば夏であれば温度管理のできる冷蔵車などで運ぶ必要があり、またある程度の高さのあるトラックが必要となることから、通常の配送よりコストがかかるうえにトラックの確保が難しい。業界最大手とタッグを組むことで同社がの物流センター(東京、横浜、名古屋、大阪、福岡)を通して全国へ配送網を広げることが可能となった。
また、「物流拠点だけでなく胡蝶蘭を栽培できる温室などの栽培拠点も全国に増やしていきたい」と那部氏はいう。「受注場所にかかわらず、配達先に近い場所で栽培、発送できる体制にすることで、物流コスト削減、環境負荷削減につながる」と現在のビジネスをよりスマートにするための足固めとして、物流に重点を置いている。
“ストーリー”が共感を生み、顧客を呼ぶ
AlonAlonのビジネスモデルは、農福(農業・福祉)連携と6次産業を合わせることで、小規模な農園であっても、付加価値をプラスすることで成り立っていくという考えのもとにつくられている。
6次産業、つまり付加価値の付与が必要であり、AlonAlonの付加価値とは“共感”だと那部氏はいう。
「障害があっても、誰でも何かできることがあります。そういった彼らが育てた胡蝶蘭、という特別な“ストーリー”がある祝い花は商機でもあるのです」。
花卉市場には多くの競合が存在するが、“ストーリー”をセールスポイントにしている企業は少ない。AlonAlonがほかと異なる点はまさにここにある。
「これからの時代、物を買うトリガーは共感です。ただ安い、ただ質がよいだけでは売れなくなる。これからは“ストーリー”のある商品が売れ、その“ストーリー”に人は惹かれ、ファンになるのです」。
祝い花には“ハッピー”が入っていないと成立しないと語る那部氏。作り手である障害者、その家族や親類、送り手、もらい手、紹介者、など皆がハッピーになれる胡蝶蘭はまさに“八方よしの祝い花”なのである。
現在では政治家や芸能人などの著名人もAlonAlonの胡蝶蘭を利用しており、口コミが顧客による“営業”のようになっている面もあるという。那部氏はこういった人々をAlonAlonのファンと捉えている。ファンを増やしていくためには、品質の維持・管理も非常に重要だ。
残念ながら、障害者が手がけることで、品質に疑問を持たれることもあると那部氏はいう。そんなイメージ払拭のため、オーキッドガーデンでは毎週月曜日に農場を開放して広く見学・視察を受け入れる体制を整えている。また、TVや新聞・雑誌等の取材などにも積極的に応じ、生産現場の見える化を図っている。
誰もが共生できる地域づくりを目指して
AlonAlonは、「子どもも、親も親類も尊厳を守れる施設をつくりたい」という那部氏の強い思いで設立された。
この思いと取り組みの背景には、那部氏の一人息子も最重度の知的障害を持っているということがある。自分の息子を安心して託せ、また家族も毎週遊びに来られるような場所があればと、東京を離れ、房総にオーキッドガーデンをつくった。
この事業を通して障害者の経済的自立に取り組む那部氏だが、その実現には“地域づくり”も必要だと考えている。
今後、胡蝶蘭の“内製化”事業が普及すれば、さまざまな企業に採用された知的障害者たちが出向というかたちでオーキッドガーデンに集まってくることになる。那部氏はここへ集う障害者社員たちに職場を提供するだけでなく、住居や移動手段などの生活インフラも事業として提供していきたいという。
具体的には、富津市の空き家を利用して社宅とし、そこに循環バスを通すことで通勤しやすい環境を整えることや、地域で暮らす障害者への“食”の提供、部屋の掃除などといった家事全般のサポートも事業化できるのではないかと構想している。
職場を中心に、コミュニティ全体を事業として作り上げることで、健常者も障害者もともに暮らせる地域づくりを目指しているのだ。
那部氏は「社会貢献は経済性を伴わないと永続的に行えない」と語る。
現在、AlonAlonの売り上げは約1億円だが、那部氏は将来的にAlonAlonの売り上げを胡蝶蘭マーケットの3分の1程度まで引き上げることを目標としており、5年後には売り上げを20億円から30億円に、そしてゆくゆくはA&A社の上場も視野に入れているという。
「将来的には、東京、横浜、名古屋、大阪、福岡のゴールドラインに胡蝶蘭の生産拠点と生活インフラを整えていくことで、障害者が地域に溶け込めるような環境をつくっていきたいと考えています」。
胡蝶蘭栽培という一生ものの技能を習得することで障害者の自立につなげ、当事者はもちろん、その家族や親類も皆が安心して暮らせる、そんな社会を那部氏は目指している。